妊娠中、母体は赤ちゃんの発育を支えるために、通常以上の栄養素を必要とします。
その中で特に注目されるのが、オメガ3脂肪酸の一種であるDHAです。
DHAは胎児の脳や視神経の発達をサポートするだけでなく、妊婦さん自身の健康維持にも多くのメリットをもたらします。
DHAは魚介類や一部のサプリメントに豊富に含まれていますが、妊娠中の食事だけでは必要量を十分に補えない場合があります。
DHAがどのように妊娠中の母体と胎児の健康に寄与するかを具体的に見ていきましょう。
DHA(ドコサヘキサエン酸)とは?
DHAはオメガ3脂肪酸の一種であり、炎症を抑える効果があることで知られています。
妊婦・授乳中の人のオメガ3脂肪酸摂取目安量は、1日あたり1.8gです。
妊娠中にDHAを摂取するメリット
妊娠中のDHA摂取がもたらす、主なメリットを紹介します。
DHAは胎児の脳や神経系の発達に欠かせない栄養素です。
特に妊娠後期には、胎児の脳が急速に発達するため、十分なDHAの供給が重要とされています。
妊娠中にDHAを十分に摂取すると、出生後の赤ちゃんの認知能力や視覚機能に良い影響をもたらすでしょう。
DHAを摂取することで、早産のリスクを回避できる可能性が上昇します。
DHAには抗炎症作用があり、子宮の炎症を抑えて妊娠期間を適切に維持する働きがあるとされています。
妊娠中は血流量が増えるため、心血管系に負担がかかります。
DHAには血液循環を改善し、血圧を安定させる作用があるため、心血管への負担を軽減できるでしょう
DHAは細胞膜の構造を改善し、インスリンの感受性を向上させる働きがあります。
これにより、血糖値のコントロールが改善されて妊娠糖尿病の予防につながる可能性があります。
それでは、DHAやオメガ3脂肪酸が妊娠中の女性や胎児に与えるメリットについて、さらに詳しく解説していきます。
妊娠糖尿病の予防
妊娠糖尿病(Gestational Diabetes Mellitus:GDM)は、「妊娠中に初めて発見または発症した糖尿病にいたっていない糖代謝異常」と定義されています。
妊娠糖尿病は、母体と胎児の双方に多くのリスクをもたらす要因です。
妊娠糖尿病の診断基準の一つは、妊娠中期以降に行われる「糖負荷試験」で、空腹時血糖値が一定以上である場合に診断されます。
空腹時血糖値の高さは、インスリン感受性の低下やインスリン分泌の不足を反映しており、妊娠糖尿病発症の早期兆候とされています。
現在、日本糖尿病学会・日本糖尿病・妊娠学会・日本産科婦人科学会では、空腹時血糖値は95 mg/dL未満、食後2時間血糖値は120 mg/dL未満(または食後 1 時間血糖値140 mg/dL 未満)を管理目標値としています。
一部の研究では、DHA摂取が空腹時血糖値の改善に寄与する可能性が示されています。
日本人妊婦102人(35歳±5歳)を対象にした研究で、血液中のDHA濃度が高いほど空腹時血糖値が低いことが明らかになりました(※)。
以上のことから、妊娠中に適切な量のオメガ3脂肪酸を摂ることで、妊娠糖尿病のリスクを軽減できると考えられるでしょう。
※:鈴木智子, et al. "妊娠中の糖代謝と不飽和脂肪酸との関連." 東京女子医科大学雑誌 89.5 (2019): 108-114.
妊娠うつ病の予防
妊娠中や産後は、ホルモンバランスの変動が大きく、メンタルヘルスに多大な影響を及ぼします。
オメガ3脂肪酸は、そんな女性の精神状態を改善したり、安定させたりする効果があると考えられています。
世界22カ国を対象に行った産後抑うつと魚食との研究で、魚の摂取量が少ないほど抑うつ症状を有しやすいことが明らかになりました。
2012年に富山県で566名を対象に行われた研究でも、血清EPA値が高いほど、妊娠前期に抑うつ症状を有する割合が低いことが報告されています(※)。
オメガ3脂肪酸の摂取で早産のリスクが低下
早産(妊娠37週未満で生まれる赤ちゃん)は、5歳未満の小児が死亡する大きな要因であり、世界的に問題となっています。
しかし、妊娠中にオメガ3脂肪酸が多く含まれる魚を食べたり、サプリメントを摂取したりすることで早産のリスクが低下する可能性があります。
デンマークで、妊婦8,729人を対象に魚の摂取量と早産リスクの関連を調査しました。その結果、早産の発生率は魚を全く摂取しないグループが7.1%、グループでは1.9%となりました(※1)。
また、ノルウェーで67,007人の妊婦を対象とした調査でも、魚介類を多く食べている人は早産の発生率が少ないことが明らかになっています。
中でも最も早産リスクが低かったのは、週に2~3回魚を食べる女性でした。それ以上食べても、発生リスクに変化はありませんでした(※2)。
早産を回避するためには、適度な量のオメガ3脂肪酸の摂取が有効であると考えられるでしょう。
オメガ3脂肪酸が不適切な養育行動リスクを下げる
オメガ3脂肪酸には、暴力的・攻撃的な行動の軽減に効果的であるとされています。
92,191人の母親に対して、出産後1カ月と6カ月に質問票を使用して不適切な養育行動の有無を測定したところ、妊娠中にオメガ3脂肪酸を多く摂取していた母親は、出産後に乳児に対して叩く・赤ちゃんが泣いたときに激しく揺さぶる・家に一人で残すといった不適切な養育行動を行う割合が低いことが、分かりました(※)。
DHA・オメガ3の子供への効果
新生児および母乳で育った乳児のDHAの状態は、母親のDHA摂取量に依存します。
母親がDHAを十分に摂取すると、乳児および小児の視覚・神経発達不良のリスクが軽減すると推測されています(※1)。
また、母親が妊娠中にDHAサプリメントを摂取していた子どもは、母親がDHAサプリメントを摂取していなかった子供よりも、生後9カ月で問題解決能力が有意に優れていたという報告があります(※2)。
さらに、子供の食物アレルギーを抑制する可能性があることも明らかになっています。妊娠中及び授乳中に魚油サプリメントによってオメガ3脂肪酸を摂取した母親から生まれた乳児は、食物アレルギーやアレルギー性皮膚炎の発症率が低いことが分かりました(※3)。
魚には水銀が含まれているから危険?
ここまでお伝えしたように、魚介類に含まれるオメガ3脂肪酸は、妊婦や胎児・新生児、産後の女性が健康的に過ごすために欠かせない成分です。
しかし、一部の魚介類の体内には、食物連鎖などによって微量の水銀が蓄積されている可能性があります。そのため、妊娠中や授乳中は摂取量に注意が必要です。
妊娠中には、イワシやアジ、サンマ、ウナギといった水銀量が少ない小型魚を摂取するようにしましょう(※)。
特定の魚介類に偏るのではなく、様々な種類のものを食べることが大切です。
※:江崎治, et al. "n-3 系多価不飽和脂肪酸の摂取基準の考え方." 日本栄養・食糧学会誌 59.2 (2006): 123-158.
DHAをしっかり摂って健やかな毎日を!
諸外国では、妊娠中及び授乳中の女性が1日あたりに摂取するべきEPAとDHAの最小摂取量は0.30gで、そのうちDHAは少なくとも0.20g必要です。
アメリカにおける妊娠中または授乳中の女性は、1週間に225g~340gの魚介類を食べることが推奨されています(※)。
青魚やサプリメントを活用し、DHAをはじめとしたオメガ3脂肪酸を摂ることが、健やかなマタニティライフにつながるでしょう。
サプリメントでオメガ3脂肪酸を摂取する場合は、まずかかりつけ医に相談することをおすすめします。